中三栖村(読み)なかみすむら

日本歴史地名大系 「中三栖村」の解説

中三栖村
なかみすむら

[現在地名]田辺市中三栖

下三栖村の東方、三栖川(現左会津川)流域に位置し、潮見しおみ峠越の熊野街道中辺路が通る。中世には三栖庄として推移。慶長検地高目録によれば村高七九九石余、小物成一石三斗一升六合。江戸時代初期の田畑面積は五七町余、うち田が八割(延宝七年写「慶長六年 中三栖村御検地帳」三栖農協蔵)。その後灌漑工事・新田開発が行われ、宝暦一〇年(一七六〇)までに池五ヵ所(総面積六町)が造られ、新田畑五町余が開かれた(宝暦一〇年「三栖組差出帳」田所文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

顔や四肢に特有の紅斑がみられる疾患で,伝染性紅斑の俗称。パルボウイルスの感染によって年長幼児,低学年児童に好発し,乳児や成人には少ない。1〜2週間の潜伏期ののち突然発疹が出る。発疹は両ほおに対称的に生...

リンゴ病の用語解説を読む