中原上宿遺跡(読み)なかはらかみじゆくいせき

日本歴史地名大系 「中原上宿遺跡」の解説

中原上宿遺跡
なかはらかみじゆくいせき

[現在地名]平塚市中原二―三丁目

渋田しぶた川の左岸平塚砂丘の北西側にあり、北端の一部は自然堤防上に位置する遺跡の総称。砂丘上の標高は九―一二メートル、北端の自然堤防上は七―八メートルで北に傾斜する。南北に縦断する県道の改修工事に伴い、昭和五三年(一九七八)から同五四年にかけて調査された。調査区域は上宿・厚木道あつぎみち大縄橋おおなわばしAおよびB遺跡にかかる幅一三―一五メートル、長さ八〇〇メートルにわたる。遺構の主体は谷川やがわ堀北側の厚木道遺跡と大縄橋B遺跡にあり、遺構の密度は砂丘北斜面の大縄橋B遺跡に集中する。住居跡・掘立柱建物・土壙墓・井戸跡・道路・溝状遺構などが発掘され、奈良・平安時代のものが中心である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む