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中原師員 なかはらの もろかず

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中原師員 なかはらの-もろかず

1185-1251 鎌倉時代の幕府官僚。
文治(ぶんじ)元年生まれ。権少外記(ごんのしょうげき),少外記,大蔵権少輔(しょう),直講,助教をへて,嘉禄(かろく)元年鎌倉幕府の初代評定衆の一員となり,「御成敗式目」に連署した。のち明経(みょうぎょう)博士,大膳権大夫,主計頭(かずえのかみ)をつとめた。建長3年6月22日死去。67歳。法名は行厳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

中原師員

没年:建長3.6.22(1251.7.12)
生年:文治1(1185)
鎌倉幕府の評定衆。中原師茂の子。朝廷では,明経道の教官として建仁2(1202)年に直講,建保6(1218)年に助教となった。その後,鎌倉に下って4代将軍藤原頼経の侍読となり,和漢の故事先例に通じた識者として将軍御所の行事を奉行し,様々な諮問に答えた。嘉禄1(1225)年,評定衆となる。寛喜3(1231)年藤原頼経の推挙によって,局務(太政官の外記の筆頭)の中原氏が独占していた大夫外記(五位の大外記)となる。同年摂津守に転任。貞永1(1232)年に御成敗式目が制定されると,評定衆として起請文に連署した。同年,明経博士となる。死の直前に出家,法名は行厳。<参考文献>永井晋「中原師員清原教隆」(『金沢文庫研究』281号)

(永井晋)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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