中土狩村(読み)なかとがりむら

日本歴史地名大系 「中土狩村」の解説

中土狩村
なかとがりむら

[現在地名]長泉町中土狩

下土狩村の北に位置し、北は上土狩村。寛永改高附帳では田高四九〇石余・畑高一〇〇石余。延宝二年(一六七四)の検地帳(長泉村沿革誌)では高六八四石余、反別は田四五町余・畑屋敷二一町余。近世前期の領主については不明な点が多いが、国立史料館本元禄郷帳では旗本坂部広慶領、安永六年(一七七七)沼津藩領となり、同藩領で幕末に至った(「日記要録」・旧高旧領取調帳など)。近世後期のものと思われる年不詳の村鑑明細帳(中土狩区有文書)によれば家数六六・人数三一二で、用水は深良(ふから)用水の井組下郷に属し、黄瀬(きせ)川の大堰下の久保田川(くぼたがわ)用水より取入れ、採草地は愛鷹(あしたか)山・大野(おおの)山(大野原)の入会地を利用している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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