中垪和上口村(読み)なかはがうえのくちむら

日本歴史地名大系 「中垪和上口村」の解説

中垪和上口村
なかはがうえのくちむら

[現在地名]旭町上口(うえのくち)

山手公文南(やまてくもんみなみ)村の東の境である休乢(やすみだわ)から南へ登った高原にあり、南は中垪和畝(なかはがうね)村、南東は小山(こやま)村に接する。現在黒岩(くろいわ)高原とよばれる高原を含む。元禄一〇年(一六九七)の美作国郷村帳には中垪和上村とあり、高三二九石余。「作陽誌」の戸口は六三軒・三四八人。領主の変遷は西垪和(にしはが)村と同じ。雌雄(めおと)崖があり、山手公文南村にも同じような崖がある。両方相向かっているのでこの名があるという(作陽誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む