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中川秀政 なかがわ ひでまさ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中川秀政 なかがわ-ひでまさ

1569-1593 織豊時代の武将。
永禄(えいろく)12年生まれ。中川清秀の長男。織田信長の娘婿。信長,のち豊臣秀吉につかえる。賤ケ岳(しずがたけ)の戦いで戦死した父の跡をつぎ,天正(てんしょう)11年摂津茨木(いばらき)城(大阪府)城主となる。のち播磨(はりま)(兵庫県)三木城主。朝鮮出兵の際,文禄(ぶんろく)2年10月24日鷹(たか)狩りにでて伏兵におそわれ死去。25歳。文禄元年死去説もある。通称は藤兵衛。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

中川秀政

没年:文禄2.10.24(1593.12.16)
生年:永禄12(1569)
安土桃山時代の武将。清秀の長男。母は小野資利の娘。通称は藤兵衛。父清秀が荒木村重に背き織田信長方についた功により,信長の10女の婿となる。天正11(1583)年4月,賤ケ岳の戦で父が死んだあと家督を継いだ。同13年の四国攻めの功によって播磨三木城主となり,のち九州攻め,小田原攻めにも従軍した。文禄の役のとき,江原道水原城で戦いの合間に鷹狩りに出かけたところを伏兵に襲われて討死した。陣中巡視中襲撃されたため戦死と報告されたが,虚偽の報告が露見し削封され,弟秀成が跡を継いだ。文禄1(1592)年死去説もある。

(小和田哲男)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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