中戸川新田(読み)なかどがわしんでん

日本歴史地名大系 「中戸川新田」の解説

中戸川新田
なかどがわしんでん

[現在地名]高萩市中戸川

花貫はなぬき川の支流中戸川の谷間に集落があり、四囲は高い山である。東は鳥曾根とりぞね新田。

寛文二年(一六六二)の中戸川村宗旨御改帳下帳に「中戸川村」とみえ、同四年の新田証文之事(大高家蔵)には「中戸川新田」とみえ、「中戸川新田立申事当庄や六左衛門親佐次衛門と申者寛永五年辰ノ霜月十五日ニ鍬立仕開」とある。佐次衛門は多賀郡山部やまべ(現十王町)より入植したという。入植後三年目の寛永七年(一六三〇)検地を受け、一町五反六畝一〇歩、高六・二五三石、ほかに佐次衛門屋敷三反歩、三石余が免租され、秋山あきやま村内新田となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む