中斎村(読み)なかさいむら

日本歴史地名大系 「中斎村」の解説

中斎村
なかさいむら

[現在地名]柳田村中斉なかさい

上町かんまち川支流の寺分てらぶん(中斉川)の最上流部にあり、東は神和住かみわずみ村、北は十郎原じゆうろうばら村、南は曾又そまた(現能都町)。当村はもと神和住村のうちで、山本方・中斎方といわれたが、元和六年(一六二〇)二村に分れ中斎村となったという(能登志徴)正保郷帳には村名がなく、神和住村に含まれると思われる。承応三年(一六五四)の村御印では高二二五石余、免五ツ(能登奥両郡収納帳)。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では中才村とあり、高三一一石余、免五ツ二分、小物成は山役一〇五匁・漆役二匁、炭竈役二枚二六匁(ほか一三匁退転)がある(三箇国高物成帳)。宝暦八年(一七五八)の宇出津先組廻村覚書(富山大学図書館蔵)によれば家数三八(百姓二六・頭振一二)・人数二三一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む