日本歴史地名大系 「中藤森村」の解説 中藤森村なかふじがもりむら 兵庫県:出石郡但東町中藤森村[現在地名]但東町中藤(なかふじ)口藤森(くちふじがもり)村の北東にあり、集落は太田(おおた)川の右岸、出石・宮津道(丹後道)沿いに発達。南東は奥藤森(おくふじがもり)村。出石・宮津道は当村の東端で岩屋(いわや)峠を越え、丹後国与謝(よさ)郡岩屋村(現京都府野田川町)に至った。この道は西国三十三所観音霊場第二八番札所成相(なりあい)寺(現京都府宮津市)への参詣路でもあった。また当地で出石・宮津道から分岐南下し、奥藤森村を経て加悦奥(かやおく)峠を越えて与謝郡加悦奥村(現京都府加悦町)に至る道も通じており、地内の出石・宮津道沿いには「右かや道 左なりあい道」と記された道標が残る。古くは口藤森村・奥藤森村と一村で藤森村と称していたが、寛文六年(一六六六)に村切をしてそれぞれ一村となった(資母村誌)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by