山水景情石の略称。手ごろの大きさの自然石で、観賞して山水の景情を楽しめるものをさして水石とよんでいる。ただし、今日では水石の世界は多彩化し、かならずしも山岳や磯(いそ)などの景観を表すものに限らない。観音や小動物などの姿に似ている姿石(すがたいし)、石面に月や植物などの紋理を描く紋石(もんせき)、あるいは家の形を表す茅舎石(くずやいし)など、形象の奇、紋様の妙を示すものが広く包含される。もともと自然の風物への郷愁から生まれたものなので、いずれの場合でも、山水風物詩の世界に違和感のない趣(おもむき)の石であることが望まれている。そういう意味で、同じ石であっても、工芸品的な造り石や、アクセサリー用の貴石・半貴石とは、その趣向において一線を画し、また、主として室内で観賞されるものであるから、庭石とも世界を別にしているのは当然である。
[村田圭司]
水石の趣味は、わが国で自然発生的におこったとみるよりも、やはり、大陸文化の影響によって始まったと判断すべきであろう。すなわち、中国においては愛石趣味が北宋(ほくそう)時代(960~1127)において本格的に発展し、南宋時代(1127~1279)に至り、いわゆる士大夫(したいふ)階級や文人社会に広く普及した。それが一時代遅れて、元の時代(1271~1368)以降わが国に伝わったものと思われる。いくつかの名石も渡来したらしい。事実、後醍醐(ごだいご)天皇(1288―1339)が愛玩(あいがん)されたという「夢の浮橋」は中国江蘇(こうそ)省江寧(こうねい)山の霊石と伝えられているし、西本願寺の寺宝「末(すえ)の松山」も揚子江(ようすこう)の沿岸鎮江の金山寺からもたらされたものらしい。五山の高僧虎関師錬(こかんしれん)は「盆石賦」という一文を著し、「それ、盆石の玩たるや、山水に仮(よ)れり」といっている(当時は、今日の水石を盆石あるいは盆山と称していた)。
やや時代が下って室町時代の足利義政(あしかがよしまさ)(1436―90)は石を愛し、「残雪」や「万里江山」などの名石を愛蔵していたと伝えられる。江戸時代初期の茶人小堀遠州(1579―1647)は優れた愛石家として知られ、彼の推賞した「重山(かさねやま)」は名石の代表的存在である。中期以降は学者や茶人に愛好する者が多く出たが、『雲根志』の著者としても名高い木内石亭(1724―1808)は水石よりも奇石に偏していた。末期に至ると、木村蒹葭堂(けんかどう)(1736―1802)、頼山陽(らいさんよう)(1780―1832)、田能村竹田(たのむらちくでん)(1777―1835)ら文人の愛石家が出始め、こうした流れが明治時代になって盆栽趣味家たちに受け継がれ、明治40年代には「水石」という語が一般化した。
水石の淵源(えんげん)は遠く鎌倉時代末期にさかのぼるが、水石としての趣味界を形成したのは明治後期からで、昭和30年代のブーム的現象を迎えてから著しく大衆化され、水石の世界は大きく広がりつつある。
[村田圭司]
石の興趣のあり方によって次の四つに大別される。
〔1〕山水景石 山水の景情を連想させるもので、山形や磯や滝などがある。
〔2〕形象石 姿石ともいう。島、小動物、観音などの形を天然に表すもの。
〔3〕紋様石 紋石ともいう。石面に花、雲、蝶(ちょう)などの形を天然に表すもの。
〔4〕色彩石 形状は第二義的で、主としてその石が天然にもつ色彩の美しさを賞するもの。
そのほか、入手法によって自採石(自ら採石したもの)と購入石、また、価値によっての名石(とくに優れたもの)と愛石(その蔵者にとって愛着の深いもの)などの分け方もある。なお、奇石といわれるものは単に形状の奇たるものをさし、珍石とよばれるものは石質上希少なものをいい、ともに水石とはその趣向のあり方を異にしている。
[村田圭司]
水石であるための条件としては、(1)自然石であること、(2)大きさが室内の観賞に適し、左右の長さ30~60センチメートルぐらいであること、(3)美的観賞に値するものであること、などがあげられる。また、とくに名石と称しうるものとしては、次の3要素が備わっていなければならない。
〔1〕形 いわゆる「ごろた石」ではなく、形が美しく、前後、左右、上下の3面が調和のとれたものがよいとされる。
〔2〕質 長い観賞に耐えうるためには、当然のことながら質は堅牢(けんろう)でなければならない。ただ、硬すぎても形が表れにくいので、モース硬度計で4~7度程度が理想である。
〔3〕色 水石は真黒(まぐろ)といって落ち着いた黒い色がもっとも好まれている。黒以外でもよいが、要はダークトーンのものがふさわしい。
[村田圭司]
水石は原則として、汚れを落とす程度で、自然石のまま楽しむ。しかし、山石(やまいし)といって土中から掘り出すものは、灰土を落とし、石のしんを出す程度の手入れはする。川から採取した山水景石は陶磁器製の水盤に入れて水を注ぎ観賞する。土中石、形象石、紋様石、色彩石などの多くは台座に納めて眺める。本格的な陳列の場合は、床の間に掛軸などと調和するように置き、草物などを配し、机卓あるいは地板などにのせて飾るのが常識となっている。
[村田圭司]
自然の石塊は無限といってもよいほど多いが、水石として適するものは、限られた所からしか出ない。良質の水石を多く産出する所を「産地」というが、各産地を調べてみると、それらは主として古生代の岩層地帯で、変成岩層に属している。事実、水石の多くは変成岩である。日本の地質は変成岩層に恵まれているので、水石が多く産出するのもうなずける。水石の産地はすこぶる多いが、これを川石、山石、海石の三つに分けることができる。川石とは文字どおり渓流や沢から採石されるもの、山石とは山の土中から掘り出されるもの、海石とは海岸地帯で採石されるものである。以下、順を追って、その代表的産地をあげてみる。
〔1〕川石 (1)加茂川石 京都地方の賀茂水系から出るもので雅趣が高い。(2)瀬田川石 琵琶(びわ)湖に注ぐ瀬田川産のもの。(3)神居古潭(かむいこたん)石 北海道の石狩川中流に産する。硬質で光沢がよいので有名。(4)揖斐(いび)川石 岐阜県揖斐川流域に産する。(5)安倍(あべ)川石 静岡県安倍川流域に産する。(6)佐治川石 鳥取県千代(せんだい)川上流に産する。(7)馬淵(まべち)川石 岩手県一戸(いちのへ)町付近の馬淵川本・支流から産する。(8)好間(よしま)川石 福島県夏井川の上流から産する。
〔2〕山石 (1)赤玉(あかだま)石 佐渡の赤玉地区が主産地。硬質な色彩石として有名。(2)菊花石(きっかせき) 岐阜県根尾川上流に産する。特別天然記念物で、紋様石の代表的存在。(3)古谷石(ふるやいし) 和歌山県田辺市周辺に産し、江戸時代から山水景趣の名石が出ている。(4)金山(かなやま)石 北海道上川(かみかわ)総合振興局管内の金山峠付近が産地。(5)梅花石 北九州市門司(もじ)区青浜に産し、梅花紋を点じる雅石として古くから有名。なお、梅花石は海岸地帯に産出し、岩層中より掘り出すので、土中石の部類に属する。
〔3〕海石 (1)玄海真黒石 北九州市若松区の海岸から産する。硬質で真黒の良石。(2)高根(こうね)島石 広島県三原市南方、瀬戸内海の高根島の海岸から産する。
このほか、千仏(せんぶつ)石(福岡県)、秩父(ちちぶ)石(埼玉県)、丹波(たんば)石(京都府)などがあり、有名産地は100以上に上る。
[村田圭司]
『村田圭司著『水石』(保育社・カラーブックス)』▽『大貫忠三著『水石』(1967・求龍堂)』
主として室内で,陶磁器製の水盤あるいは木製の台座に置き,その形,紋様,色彩などを観賞する自然石。室町時代より茶事の流行とともに愛石の風習が発展し,江戸時代後期には木内石亭が《雲根志》を著し,多くの石を記載している。しかし本格的な水石の流行は江戸末期から明治中期にかけてであるといわれる。
水石はふつう以下のように分類される。(1)由来石 いわれとか特別の歴史を持つ石。(2)山水景石 自然の山や川などの風景をおもわせる石。景色によって遠山(とおやま),段石(だんせき),滝石,島形(しまがた),雨宿り,岩潟・溜り,土坡(どは)に分けられる。(3)形象石 姿石ともいう。なにかの形に似ている石。ただし,山や川のかたちに似ているものは山水景石として区別される。舟形,茅舎(くずや)などに始まり,形そのもののおもしろさを見る石も含められる。(4)紋様石 石の表面の模様を観賞する石。梅花石,菊花石など石面に花弁を表すものから,雲,蝶を表すものなどがある。また,石の色や肌などの性質からも分類される。(5)石の色に注目した呼名としては,五色石,五彩(ごさい)石,青玉,赤玉(赤玉石),赤石,青黒石,真黒(まぐろ)石などの名がある。(6)石の肌に注目したものには,虎石,糸巻石,糸掛石,梅花石,菊花石などがある。(7)さらに産地から,川石,山石,海石に分けられ,たとえば瀬田川石といったように産地名をつけて呼ばれることも多い。水石はこれら各種の分類を合わせ,たとえば〈瀬田川虎石・遠山〉といった名称で呼ばれる。これは瀬田川(滋賀県)でとれた川石で,石の肌は虎石で,形は山水景石の遠山形という意味である。
→盆石
執筆者:大森 昌衛
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
※「水石」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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