中西鷹山(読み)なかにし ようざん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中西鷹山」の解説

中西鷹山 なかにし-ようざん

1772-1827 江戸時代後期の医師。
安永元年12月5日生まれ。中西深斎の子。父にまなび,父の「傷寒論」に関する研究を発展させ「傷寒論弁正箋注(せんちゅう)」をあらわした。文政10年5月10日死去。56歳。京都出身。名は惟孝。字(あざな)は君友。通称は幹蔵。著作に「医按」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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