中飯田村(読み)なかいいだむら

日本歴史地名大系 「中飯田村」の解説

中飯田村
なかいいだむら

[現在地名]小鹿野町飯田

赤平あかびら川の左岸、支流岩殿いわどの沢流域の山間地に位置し、東は下飯田村、南は上飯田村など。下飯田村からの往還が村内を抜け上飯田村に向かう。元文五年(一七四〇)それまでの飯田村が上・中・下の三ヵ村に分立して成立、前年、当村村高の一部が旗本深津領となり、明和二年(一七六五)残余が旗本松平領となって、両者の相給で幕末に至ったと考えられる(「風土記稿」「郡村誌」「寛政重修諸家譜」など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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