日本歴史地名大系 「串本浦」の解説
串本浦
くしもとうら
紀州の最南端
慶長検地高目録には串本村と記され、村高一四六石余。「続風土記」によると家数三五〇、人数一千四四二。江田組に属した。慶長一六年(一六一一)の加太浦より錦浦迄加子米究帳(栗本家蔵)によると、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
紀州の最南端
慶長検地高目録には串本村と記され、村高一四六石余。「続風土記」によると家数三五〇、人数一千四四二。江田組に属した。慶長一六年(一六一一)の加太浦より錦浦迄加子米究帳(栗本家蔵)によると、
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…近世の串本村は潮埼荘にふくまれ,1601年(慶長6)の検地帳によれば家数24軒,うち1軒寺,1軒神主,2軒庄屋肝煎,4軒後家部屋,16軒役人で,田畑合計17町8段5畝27歩,村高は146石4斗9升1合であった。幕末の《紀伊続風土記》によると,串本浦として村高は168石余でわずかに増加しただけであるが,家数は350軒に増加し,カツオ漁をはじめ漁業を専らとし,利益が多く,富豪のものが少なくないとしている。1867年(慶応3)には戸口が404軒,1789人に達した。…
※「串本浦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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