串茶屋村(読み)くしちややむら

日本歴史地名大系 「串茶屋村」の解説

串茶屋村
くしちややむら

[現在地名]小松市串茶屋町

北陸街道に沿い、北は今江いまえ村、東・南・西の三方は串村に囲まれる。小松町から南へ一里の地で、もとは串村の枝村で、街道沿いに旅人が休憩するための茶屋ができたので、串の茶屋とされ、茶屋串村ともよばれたという。「くしぢゃや」とも発音する。

当初一里塚の傍らに一軒の茶店ができ、数人の女が茶の接待に当たった。前田利常が小松城に隠居すると、那谷なた寺や粟津あわづ温泉へ巡行の途次に利用した。また那谷寺造営の際は多くの職人が集まり、それらの慰安場所となって発展した。万治三年(一六六〇)当地が加賀藩領から大聖寺藩領となると、串村から独立させ、加賀藩では遊女禁止としたが、大聖寺藩では依然として継続させたためますます発展した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む