丸・丸庄(読み)まる・まるのしよう

日本歴史地名大系 「丸・丸庄」の解説

丸・丸庄
まる・まるのしよう

室町―戦国期、現丸山町域を南流する丸山川流域一帯の地をさして用いられた庄名で、丸氏一族が石堂いしどう寺を中心として流域各所に拠っていた。貞和二年(一三四六)六月一三日付の大炊助源某寄進状および延文三年(一三五八)二月一〇日付の但馬守泰親寄進状(いずれも安田家文書)には、安房長狭ながさ柴原子しばはらこ(現鴨川市)新大山しんたいさん(現同上)領「大田代」の四至に「限東鳴沢 限南丸 限西平塚 限北鵠森」とみえ、嶺岡みねおか山地を境界に丸と接していた。嘉慶二年(一三八八)六月二一日付で鎌倉府奉行所に鎌倉円覚寺造営棟別銭未納の催促について報告した大喜光昌請文(円覚寺文書)に「三原東条・丸」とみえ、円覚寺雑掌の主張にもかかわらず、皆済したと返答している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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