丹波島村(読み)たんばじまむら

日本歴史地名大系 「丹波島村」の解説

丹波島村
たんばじまむら

[現在地名]長野市青木島あおきじま町青木島 甲

さい川の南岸、北国脇往還(現県道長野―上山田線)に沿う村。

慶長七年(一六〇二)の川中島四郡検地打立之帳(小柳文書)に「六百七拾八石四斗七升弐合 丹波島村」とあるのが初見。同一六年太子村・押切村を併せて丹波島宿が開設された(丹波島宿駅史)伝馬宿は六六の屋敷割が行われ、通称六六判(六六軒のこと)と称する表百姓によって運営された。伝馬は二五人、二五匹、町の規模は東西六町。東端で北に折れて枡茶屋があり犀川渡を渡って善光寺宿に通じた。善光寺宿へ一里一三町、西京さいきよう街道(善光寺道)稲荷山いなりやま宿へ三里、北国脇往還の矢代宿へ三里。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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