丹野村(読み)たんのむら

日本歴史地名大系 「丹野村」の解説

丹野村
たんのむら

[現在地名]小笠町丹野

古谷(ふるや)村の西、牛淵(うしぶち)川の支流丹野(たんの)川の上流域左岸に位置する。天正一七年(一五八九)七月七日、徳川家七ヵ条定書(写、御庫本古文書纂)が「たんなうの郷」百姓らに出されている。当村の開拓は奥丹野から始まったと伝えられ、元和四年(一六一八)の奥丹野年貢定書(三橋家文書)に奥丹野一五〇石は一ツ取とあって、口丹野納所へ納めること、これは横須賀(よこすか)城(現大須賀町)城主大須賀出羽守(忠政)の時に定められたとある。


丹野村
たんのむら

[現在地名]蒲郡市相楽(さがら)町

大塚(おおつか)村の北。「大塚村誌」に「古ヘハ多野ト書セシニ寛永年間ヨリ丹野ト書ス」とある。現存の免状の最古のもの(蒲郡市誌)は、承応二年(一六五三)で、丹野村と記されている。元和五年(一六一九)の免状断簡(同書)には「多野山神村」とあるから、古くは多野と書かれたものであろうか。多野村と山神村は、江戸時代初期にはまだ分村せず一村の取扱であったらしく思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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