丹間村(読み)たんまむら

日本歴史地名大系 「丹間村」の解説

丹間村
たんまむら

[現在地名]掛川市丹間

原野谷(はらのや)川上流左岸の谷間にあり、西は孕石(はらみいし)村・大和田(おおわだ)村。現在、丹間の北東端にそびえるヤイガネ山(五六七・八メートル)は、「掛川誌稿」に「八重峰(やいかね)山」とみえる。村名は谷間の意とされる(遠江国風土記伝)。東西に長い村域を丹間川が貫流し、原野谷川に注ぐ。元亀二年(一五七一)三月四日の武田信玄判物(孕石文書)に「たんま」とみえ、状況は大和田村と同じ。文禄二年検地高目録に「丹間村」とみえ、高二一石余。正保郷帳では田方一四石余・畑方九石余、掛川藩領。国立史料館本元禄郷帳でも同藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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