久住町(読み)くじゆうまち

日本歴史地名大系 「久住町」の解説

久住町
くじゆうまち

面積:一四二・八七平方キロ(境界未定)

現直入郡の中央に位置し、北は玖珠(くす)郡九重(ここのえ)町と大分郡庄内(しようない)町、東は直入町、南は竹田市、西は熊本県阿蘇郡産山(うぶやま)村・小国(おぐに)町に接する。町域の北部は九重(くじゆう)連峰の久住山(一七八六・八メートル)・大船(たいせん)山(一七八七・一メートル)・黒(くろ)岳(一五八七メートル)などの高山が連なり、中部は久住高原をはじめとした山麓高原、南部は標高四九〇―九〇〇メートルの高冷地で、この地域に集落が散在している。古代は直入郡朽網(くたみ)郷に属したとみられる。中世朽網郷を領した朽網氏は、有氏の山野(ありうじのやまの)城に拠った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む