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久我具房 こが ともふさ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

久我具房 こが-ともふさ

1238-1290* 鎌倉時代の公卿(くぎょう)。
暦仁(りゃくにん)元年生まれ。久我通忠(みちただ)の子。久我通基(みちもと)の兄。文永5年(1268)参議となり,11年左大弁をかねる。弘安9年権(ごんの)大納言。正二位。歌が「続古今和歌集」以下の勅撰集に5首おさめられている。正応2年12月15日死去。52歳。初名は雅良,のち雅緒。号は愛宕。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

久我具房

没年:正応2.12.15(1290.1.27)
生年:暦仁1(1238)
鎌倉中期の公卿。大納言通忠の子。系図類では通基の弟となっているが,実は2歳年長の兄。初名雅良,次いで雅緒。文永5(1268)年,31歳で参議に任じ公卿に列する。一方通基は13年も前に,16歳で公卿になっていた。通基の母は北条義時の孫に当たると思われるので,鎌倉幕府の威を重んじて弟の通基が家嫡にたてられたのではないか。文永11(1274)年,具房は左大弁を兼ねた。清華家出身の人としては極めて珍しい例で,実務能力に富んでいたことがわかる。亀山上皇に重用され,権大納言まで昇進した。東寺担当の公卿でもあった。なお通基は伏見天皇の即位をまって村上源氏の氏長者に任じられている。

(本郷和人)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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