久留女木村(読み)くるめきむら

日本歴史地名大系 「久留女木村」の解説

久留女木村
くるめきむら

[現在地名]引佐町東久留女木ひがしくるめき西久留女木にしくるめき

観音かんのん(五四五メートル)の北西麓、都田みやこだ(久留女木川ともいう)上流左岸に位置し、対岸川名かわな村。久留目木・久留米木とも記される。江戸時代は内政的には東久留女木村と西久留女木村に分けられていた。天文(一五三二―五五)頃と推定される三月二九日の井伊直元書状(蜂前神社文書)によると、蜂前はちさき神社(現細江町)禰宜が「久留目木」に出向くと聞いた直元は、陣中にも茶を少し分けてほしいと伝えている。また天文二三年四月六日に没した龍潭りようたん開山の黙宗瑞淵の本貫地は「久留目木郷」であったという(「開山黙宗大和尚行実」龍潭寺蔵)。天正一七年(一五八九)七月七日には徳川家が「くるめき」の五郎右衛門に宛て七ヵ条の条規を定めた(「徳川家七ヵ条定書写」御庫本古文書纂)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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