久須郷
くすごう
「和名抄」にみえる郷名。同書高山寺本をはじめ諸本とも下県郡のうちに記すが、これは上県郡の誤り。諸本とも久須と記し、訓を欠くが、中世に「くすの村」とあり(文明四年九月二九日「宗貞国安堵書下」佐護郷判物写)、遺称地の現上対馬町の玖須・浜久須からクスであろう。その郷域はこれら遺称地のほか、対馬島の北部の東海岸に比定される。しかし具体的には遺称地を中心とする舟志湾沿岸に限定する説(大日本地名辞書)、より南に広げて小鹿までの旧琴村地域を含むとする説(日本地理志料)、逆に北に広げて旧豊崎村地域を含むとする説などがある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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