之上村(読み)ままのうえむら

日本歴史地名大系 「之上村」の解説

之上村
ままのうえむら

[現在地名]豊川市三上(みかみ)町

三渡野(みとの)村の隣村。もと三渡野村とともに八名(やな)郡に属しながら、八名郡の他村と異なって豊(とよ)川右岸に立地していることは、豊川の流路が変わったために、両村だけ取残されて孤立したことを示すものではなかろうか。永禄五年(一五六二)二月二四日の三明(さんみよう)寺への今川氏真安堵状(三明寺蔵)に「平松右京亮畠三段ままの上」として、「ままの上」の地名がみえる。豊川の氾濫による被害が多く記録され、正保二年(一六四五)の免状によれば、村高五〇五石余のところ、水害による引分が一七石余あるほかに、見捨地一反余が記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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