乙子城跡(読み)おとごじようあと

日本歴史地名大系 「乙子城跡」の解説

乙子城跡
おとごじようあと

[現在地名]岡山市乙子

乙子の北部、千町せんちよう平野南部の丘陵西端の頂にある山城で、城郭の段は比較的明瞭に残る。宇喜多直家が天文一三年(一五四四)に主君浦上宗景の命によって築城、足軽三〇人と三〇〇貫の領地を与えられたという(備前軍記)。直家が一六歳で初めて城主となった城で、竹原の新庄山たけはらのしんじようやま城に移るまでの五年間在城した(同書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

冬に 4日間暖かい日が続くと 3日間寒い日が続き,また暖かい日が訪れるというように,7日の周期で寒暖が繰り返されることをいう。朝鮮半島や中国北東部の冬に典型的な気象現象で,日本でもみられる。冬のシベリ...

三寒四温の用語解説を読む