乙子城跡(読み)おとごじようあと

日本歴史地名大系 「乙子城跡」の解説

乙子城跡
おとごじようあと

[現在地名]岡山市乙子

乙子の北部、千町せんちよう平野南部の丘陵西端の頂にある山城で、城郭の段は比較的明瞭に残る。宇喜多直家が天文一三年(一五四四)に主君浦上宗景の命によって築城、足軽三〇人と三〇〇貫の領地を与えられたという(備前軍記)。直家が一六歳で初めて城主となった城で、竹原の新庄山たけはらのしんじようやま城に移るまでの五年間在城した(同書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

目次 飼養文化  北アメリカ  北方ユーラシア偶蹄目シカ科の哺乳類。北アメリカでは野生種はカリブーcaribouと呼ばれる。角が雄だけでなく雌にもふつうある。体長130~220cm,尾長7~20cm,...

トナカイの用語解説を読む