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児島半島 こじまはんとう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

児島半島
こじまはんとう

岡山県南部,瀬戸内海に突出する半島岡山市玉野市倉敷市に属する。中世の終り頃までは島であったが,高梁 (たかはし) 川,倉敷川の運ぶ土砂の堆積陸続きとなった。半島の大部分は低い山地で,花崗岩石英斑岩古生層から成る。鷲羽山金甲山 (403m) ,王子ヶ岳など瀬戸内海国立公園に属する観光地が多い。半島南岸には玉野児島 (倉敷市) などの港が発達。古来山陽と四国を結ぶ連絡路であった。 88年4月瀬戸大橋の完成で,JR瀬戸大橋線,瀬戸中央自動車道が開通している。

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デジタル大辞泉の解説

こじま‐はんとう〔‐ハンタウ〕【児島半島】

岡山県南部、瀬戸内海に臨み児島湾を抱く半島。かつては吉備(きび)児島と呼ばれる大きな島だったのが、高梁(たかはし)川・旭川などの沖積作用で近世初期に陸続きになった。主に丘陵性の山からなり、東部の金甲(きんこう)山(標高403メートル)、南西部の国指定名勝の鷲羽(わしゅう)山(標高113メートル)は瀬戸内海国立公園に含まれる。東半分部は玉野市、北東端は岡山市、南西部は倉敷市。西端に水島臨海工業地域の一部が位置する。

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世界大百科事典 第2版の解説

こじまはんとう【児島半島】

岡山県南部,瀬戸内海に面し,児島湾を抱いて東西にのびる半島。《古事記》の国生み神話に〈吉備児島〉とあるように16~17世紀まで島であったが,高梁(たかはし)川,旭川などの堆積作用と,浅くなった海の干拓により本土と結びついた。半島になってからは瀬戸内海航路が南岸へ移り,下津井日比(ひび)が港町として栄えた。大部分が山地で,東部にある主峰金甲山(403m),中部の常山(307m)などの古生層から成る中起伏の山地と,花コウ岩や流紋岩から成る標高200~270mの小起伏の山地,および標高150~190mの丘陵から成る。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔岡山県〕児島半島(こじまはんとう)


岡山県南部の半島。南は瀬戸内海の備讃(びさん)瀬戸に面し、北は岡山平野に接する。北側に児島湖・児島湾を抱き、東口の岡山水道で瀬戸内海の播磨灘(はりまなだ)に開口する。戦国期まで島だったが、高梁(たかはし)川・笹ヶ瀬(ささがせ)川・旭(あさひ)川の堆積(たいせき)作用と戦国時代以降の大小の干拓事業で陸繋島(りくけいとう)化。西岸は水島(みずしま)臨海工業地帯。倉敷(くらしき)市児島は本州四国連絡橋(瀬戸大橋)の本州側起点。南端の鷲羽(わしゅう)山は瀬戸内海の多島海美の展望に優れ、沿岸各地が瀬戸内海国立公園の特別地域に指定されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

児島半島
こじまはんとう

岡山県南部中央、瀬戸内海に臨む半島。かつては大きな島であったが、近世初期に陸繋(りくけい)化した。主として花崗(かこう)岩の丘陵性の山地からなり、平地は乏しい。近世以来塩田の燃料として樹木が伐採されたためはげ山が多かったが、第二次世界大戦後緑化が進められた。西部の由加山(ゆがさん)には自然林が残り、倉敷市少年自然の家がある。東半の山塊は光南台とよばれ、主峰金甲山(きんこうざん)や鷲羽山(わしゅうざん)は瀬戸内海国立公園の一部で絶好の展望台となっている。半島の東半部は玉野市、北東端は岡山市、西半部は倉敷市に属し、西岸は水島臨海工業地域の一部。倉敷市児島は機業地、玉野は造船の町として知られる。[由比浜省吾]

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