九鬼紋七(読み)クキ モンシチ

20世紀日本人名事典 「九鬼紋七」の解説

九鬼 紋七(1代目)
クキ モンシチ

明治〜昭和期の実業家 四日市鉄道社長;衆院議員。



生年
慶応2年1月24日(1866年)

没年
昭和3(1928)年3月15日

出生地
伊勢国(三重県)

経歴
伊勢の大地主として巨万の富を積み、肥料商を営む家に生まれる。漢籍を修め、家業に従事し、東洋紡績取締役を始め数社の重役を務める。のち四日市米穀取引所の創立に関わり、四日市銀行取締役、四日市鉄道社長、四日市商業会議所会頭などを歴任、県下実業界に重きをなした。一方、四日市町議、四日市市議などを務め、大正4年衆院議員(公正会)に当選1回。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「九鬼紋七」の解説

九鬼紋七(2代) くき-もんしち

1895-1990 大正-昭和時代の実業家,政治家
明治28年10月13日生まれ。初代九鬼紋七の長男。四日市製油場,九鬼石炭部の経営にあたる。三重銀行初代頭取や四日市築港取締役などもつとめた。昭和17年衆議院議員(日本進歩党)。平成2年11月17日死去。95歳。三重県出身。慶大卒。前名は徳三。号は寿園。

九鬼紋七(初代) くき-もんしち

1866-1928 明治-昭和時代前期の実業家,政治家。
慶応2年1月24日生まれ。肥料商をいとなむ。四日市米穀取引所の創立にかかわり,四日市銀行取締役,四日市鉄道社長,四日市商業会議所会頭などをつとめた。大正4年衆議院議員。昭和3年3月15日死去。63歳。伊勢(いせ)(三重県)出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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