二郎村(読み)にろうむら

日本歴史地名大系 「二郎村」の解説

二郎村
にろうむら

[現在地名]北区有野町二郎(ありのちようにろう)・西山(にしやま)二丁目・菖蒲(しようぶ)が丘(おか)三丁目

田尾寺(たおじ)村の北に接し、有野川中流の沖積地に位置する有馬(ありま)郡の村。慶長国絵図には川の両側に二郎村が記され、高は四二六石余。慶長六年(一六〇一)三田藩有馬則頼領となり(有馬家譜)、翌年則頼が没したため子の有馬豊氏が継いで丹波福知山藩領となる。元和六年(一六二〇)豊氏の転封によりいったん幕府領となり、寛永三年(一六二六)から武蔵岩槻藩阿部正次(大坂城代)領(阿部家譜)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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