日本歴史地名大系 「二間手村」の解説 二間手村ふたまてむら 岐阜県:郡上郡明方村二間手村[現在地名]明方村二間手吉田(よしだ)川流域にあり、上流は畑佐(はたさ)村、下流は大久須見(おぐすみ)村。郡上八幡(ぐじようはちまん)(現八幡町)と飛騨大野郡とを結ぶ街道に沿う。正保郷帳に村名があり、田方三七石余・畑方五二石余。宝暦四年(一七五四)の村明細帳(二間手区有文書)では家数二一(水呑三・寺一)、人数一二八、馬二一、長さ八間・幅八尺の板橋があり、その釘代は大久須見村より奥六ヵ村の負担であった。文政五年(一八二二)二間手村が橋普請用材木置場に使用してきた西気良(にしけら)村境地を、西気良村が大久須見村の者に貸したため、「石地蔵之側屋敷」の地籍をめぐり相論となり、同七年石地蔵までは二間手村分とすることで内済した(「村境相論始末書留」置田文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by