五十丁窯跡(読み)ごじつちようかまあと

日本歴史地名大系 「五十丁窯跡」の解説

五十丁窯跡
ごじつちようかまあと

[現在地名]秋田市上新城五十丁

五十丁小林こばやし集落の北方台地にある。窯跡はいずみ沢という小さい谷川の西、東向きの斜面にあった。窯の内壁粘土と藁の茎を刻んだものを混ぜて作り、内側は淡黒くガラス様に溶けていて、壁の外側に藁茎の刻みが付着していた。窯の大きさは幅約一・五メートル、奥行約二・七メートル、奥後部に煙出しの穴が斜面を通っている。窯口から約二メートルで泉沢の谷川となる。窯場付近一帯に陶器類の破片散乱、釉を用いたものは発見されず、淡いねずみ色か茶色を帯びた白色の須恵器である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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