五十嵐文吉(読み)いがらし ぶんきち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「五十嵐文吉」の解説

五十嵐文吉 いがらし-ぶんきち

1805-1881 幕末武士
文化2年2月13日生まれ。土佐高知藩士。武市瑞山(たけち-ずいざん)の尊王運動にくわわる。文久2年藩主山内豊範(とよのり)にしたがって京都に出,他藩との応接役をつとめる。岡田以蔵(いぞう)らと目明かし文吉を暗殺。3年土佐勤王党幹部が投獄されたとき難をのがれ,獄中の瑞山から後事を託され,同志救援にあたった。明治14年10月8日死去。77歳。名は敬之。

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367日誕生日大事典 「五十嵐文吉」の解説

五十嵐文吉 (いがらしぶんきち)

生年月日:1805年2月13日
江戸時代末期;明治時代の志士
1881年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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