五十蔵村(読み)ごじゆうくらむら

日本歴史地名大系 「五十蔵村」の解説

五十蔵村
ごじゆうくらむら

[現在地名]和田町五十蔵

磑森するすもり村・布野ふの村の東に位置する。慶長二年(一五九七)の安房国検地高目録に五十倉村とみえ、高二五八石余、うち田方一二四石余。里見氏給人領。元和四年(一六一八)の丸郷五十倉村検地帳(五十蔵区有文書)によれば、高一三七石余・田畑屋敷計一三町七反、名請人は約二〇名、屋敷名請人は一一名。同六年東条藩西郷氏領となる(東条藩領知目録)正保郷帳には「五十いそ蔵村」とあり、田高八〇石余・畑高五六石余。元禄五年(一六九二)西郷氏の移封により上知されて幕府領となり、宝永八年(一七一一)旗本織田信門領となる(「寛政重修諸家譜」、元文村高帳)。以後天保一四年(一八四三)まで同家に伝えられたが、同年武蔵忍藩領となる(忍藩領郷村高帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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