五流尊瀧院(読み)ごりゆうそんりゆういん

日本歴史地名大系 「五流尊瀧院」の解説

五流尊瀧院
ごりゆうそんりゆういん

[現在地名]倉敷市林

蟻峰ぎほう山の北西山麓に位置する。修験道本庁、法人名は修験道五流尊瀧院。天台系で本山派に属した。大宝元年(七〇一)役小角の高弟五人が開いたと伝える五院の一。承久の乱後、後鳥羽上皇の皇子覚仁親王は京都を逃れ、新熊野検校となり中興の祖となって当院で没し、桜井宮と称したという(「東備郡村志」など)。覚仁の兄頼仁親王もこの地に配流、のち道乗ら六人の子が覚仁の後の五流を継ぎ、五流修験といわれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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