五百瀬村(読み)いもせむら

日本歴史地名大系 「五百瀬村」の解説

五百瀬村
いもせむら

[現在地名]十津川村大字五百瀬

神納かんの川・田谷川合流地域に立地。「大和志」に「五百瀬五百一作芋」とあり、芋瀬とも書かれた。十津川郷のうち。寛永郷帳に「いもせ村」とみえ、村高三五・二七七石、幕府領。元禄郷帳では「イモセ」と訓ずる。村高一七・二八石。

安政四年(一八五七)の産物取調帳(十津川宝蔵文書)に杉角尺〆二五本、檜角尺〆五本、椴栂松尺〆一〇八本、煙草三〇貫目、割菜二四貫目、椶櫚皮八〇〇枚、楮一二貫目、椎茸六貫目、蜂蜜一貫目とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む