五艘村(読み)ごそうむら

日本歴史地名大系 「五艘村」の解説

五艘村
ごそうむら

[現在地名]富山市五艘

呉羽山くれはやま丘陵の北東端、うしくび用水支流に面する。西は安養坊あんようぼう村。村名は、その昔神通川が当村と田刈屋たかりや村との間を流れていた頃、往来のため五艘の渡舟が繋がれていたことに由来するという(婦負郡志)婦負郡に属し、寛永一六年(一六三九)以降富山藩領。同九年の牛ヶ首用水の開削により畑直し地一一〇石の開発が行われ(牛ヶ首用水史)、以後開墾が進められた。正保郷帳では高二四八石、うち田方五町一反余・畑方一一町三反余、新田高一一二石余。元禄一一年(一六九八)郷村高辻帳では高二二八石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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