五輪堂遺跡(読み)ごりんどういせき

日本歴史地名大系 「五輪堂遺跡」の解説

五輪堂遺跡
ごりんどういせき

[現在地名]度会町川口 堂山

通称五里ごり山から西に延びる尾根の先端近く、南に向かう小さな谷間の中央部分標高五五メートルに二間四方の五輪堂がある。前面には五里山ごりやま川、老母ろうぼ集落が見渡せる。堂は口碑によると、かつて大蛇がすみつき村人を悩ました際、名僧が建てて祈ったという。鎌倉・室町時代に存在したといわれる古利寺の境内の一部と考えられている。昭和五四年(一九七九)堂の裏手の杉林中より壺三点が発見された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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