五馬山(読み)いつまやま

日本歴史地名大系 「五馬山」の解説

五馬山
いつまやま

豊後国風土記」に「五馬山、郡の南にあり。昔、此の山に土蜘蛛あり。名を五馬媛という。因って五馬山という」とみえ、郡(郡家)の南にあった。さらに同書は天武天皇治世下の戊寅年(天武七年、六七八)の地震の際に、山や岡が崩れ落ちたが、当山でも一つの谷で崖崩れなどがあり、所々に激しく温泉が噴出たことを伝えている。この地震は「日本書紀」天武天皇七年是月条に「筑紫国に大いに地動る。地の裂けること広さ二丈、長さ三千丈なり。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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