天瀬(読み)あませ

日本歴史地名大系 「天瀬」の解説

天瀬
あませ

[現在地名]岡山市天瀬・表町おもてちよう三丁目・京橋南町きようばしみなみちよう

城の南方、中堀と外堀間の武家屋敷一帯。東は船着ふなつき町・片瀬かたせ町、南と西は外堀、北は西大寺さいだいじ町。寛永城下絵図でも武家屋敷地帯。昔は商家と武家屋敷が交じっていたが、文禄年中(一五九二―九六)宇喜多秀家が「あましの内、さふらいのほか、商売人一人も不可居住」と命じて以後、残らず武家の宅地になったという(吉備温故秘録)。「備陽国誌」に竪横五町とある。当所に荒神町、可真町、大雲寺だいうんじ町口門の内町、細堀町、西の行止り袋町の東西町、紺屋こんや町口門内町、長蔵裏門町などの小町があった。長蔵裏門町(片瀬町との境)には明暦(一六五五―五八)頃一―四番の米倉が建てられたという(吉備温故秘録)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「天瀬」の意味・わかりやすい解説

天瀬
あまがせ

大分県西部、日田(ひた)郡にあった旧町名天瀬町(まち))。現在は日田市の中央部東寄りにあたる地域。1966年(昭和41)栄(さかえ)村が町制施行に際して改称して天瀬町となる。2005年(平成17)日田市に編入。町名は温泉名にちなむ。江戸時代は天領として日田陣屋の配下にあった。万年(はね)山溶岩耶馬渓(やばけい)溶岩の台地が広く、中ほどを東西に玖珠川(くすがわ)が流れ、川沿いをJR久大(きゅうだい)本線と国道210号が走る。米、ウシシイタケスギが主産物。天ヶ瀬温泉のほか湯ノ釣温泉(つるおんせん)、五馬(いつま)高原などの観光地があり、高塚(たかつか)地蔵尊は行基(ぎょうき)作という地蔵尊を祀(まつ)る。

[兼子俊一]

『『天瀬町史』(1971・天瀬町)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「天瀬」の意味・わかりやすい解説

天瀬
あまがせ

大分県西部,日田市東部の旧町域。日田盆地の東部にあり,南で熊本県に接する。 1955年中川村,馬原村,五馬村の3村が合体して栄村となり,1966年改称して天瀬町となる。 2005年日田市に編入。筑後川上流の玖珠川に沿い,農林業と温泉業が主産業。江戸時代は大部分天領であった。シイタケ,杉材を産するほか,南部の五馬高原ではウシの放牧も行なわれる。玖珠川の渓流沿いに天ヶ瀬温泉湯の釣温泉がある。万年山溶岩および耶馬渓溶岩の台地が広がり,大半耶馬日田英彦山国定公園に属する。

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百科事典マイペディア 「天瀬」の意味・わかりやすい解説

天瀬[町]【あまがせ】

大分県西部,日田郡の旧町。大部分山地で玖珠(くす)川流域に低地があり,水田が開ける。肉牛を飼育,木材,野菜,果樹を産する。川沿いに久大本線が通じ,天ヶ瀬駅付近には天ヶ瀬温泉(単純泉,80〜100℃)がある。2005年3月日田郡大山町,前津江村,中津江村,上津江村と日田市へ編入。101.83km2。6686人(2003)。

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改訂新版 世界大百科事典 「天瀬」の意味・わかりやすい解説

天瀬 (あまがせ)

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