改訂新版 世界大百科事典 「京北班田図」の意味・わかりやすい解説
京北班田図 (けいほくはんでんず)
大和国添下郡の地域をあらわした古地図。現在の奈良市右京,秋篠川流域,条里呼称でいえば京北1条~4条にわたる東西4里南北6里(1里は方6町の方格地)の地。西大寺に2本伝来したが,そのうち1本は現在東京大学文学部の所蔵。両本の成立年代はほぼ同時期と思われるが内容は西大寺本の方が詳しい。条・里・坪の境界を方格線で表し,山・川・用水施設・道路などは彩色線によって表現し,所用の文字を記入する。ともに紙本。少なくとも3または4の成立年代を異にする部分が接合され,最終的には嘉元年間(1303-06)に成立したとされるが,最終成立年代についてはなお検討の余地がある。もとになった原図のなかに天平14年度(742)班田時の班田図(京北3条6里),宝亀4年度(773)班田時の校田図(京北4条),弘仁1年度(810)班田時の班田図(京北3条,ただし6里を除く)が含まれる。条里図が条ごとに作成されたことを証する実物であり,四証図に数えられる班田図の実態を想察させ,不正確なところもあるが現在の景観とも一致する。歴史学,地理学の資料として貴重。2本ともに重要文化財。
→田図
執筆者:弥永 貞三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報