翻訳|geography
地球表層に生起するさまざまな事象について、総合的な研究に従事する科学。
[木内信藏・菅野峰明]
古代ギリシアにおいて発達をみた地理学(ゲオグラフィア)は、地球の形状、住民の風土による気質の比較、地誌などを含む幅広い学問であって、今日それらは気象、海洋、地質などの地球科学や、人口、民族、経済などの人文・社会科学として分化している。現代の地理学は、これらの諸科学を姉妹科学として、地図、統計、遠隔探査(リモート・センシング)、GIS(地理情報システム)、野外調査などの手段を使い、文献の解読などの伝統的方法や計量的方法をも用いて、世界およびその諸地域についての研究を進めている。
地理学が興味をもつ対象は多様であって、その全体は一学部(カレッジ)が成立するほどである。すなわち、自然地理学、人文地理学、地図学、内外の地域研究、地理学史および理論研究、地理教育論、応用地理学にわたる。これらの諸分野が共有する基礎は地表(エリア)あるいは地域(リージョン)である。その広がりは身近な郷土から全世界に及び、また地域の性格には形式的性格と機能的性格があり、さらに均等性、複合性などもある。自然あるいは人文現象の立地、空間構造など一般的研究に従事する部門が系統地理学(システマティックジオグラフィ)であり、特定地域の個性を解明する部門が地域地理学・地誌学(リージョナルジオグラフィ)である。
たとえば季節風一般の発生を説明するのは、系統科学としての気象学であるが、インドの季節風をインドの位置・地形との関係において、活動の時期、降水量の地域的分布をも考察するのが、自然地理学としての気候学である。さらに土地利用、稲作、灌漑(かんがい)、農村、土地制度、人口密度などにわたって、インドの地域的性格が説明されると、地誌学になる。さらにインドの言語、文学、宗教、政治などに及ぶ地域研究(エリアスタディーズ)の諸課題がある。
R・ハートショーン(R・ハーツホーン)Richard Hartshorne(1899―1992)は『地理学方法論』(1939。野村正七訳・1957)のなかで、地理学を系統地理学と地域地理学(あるいは地誌学)に分けた。前者は系統科学が地域との接点において考察される部門であり、後者は系統科学の諸分野が特定地域について総合される研究である。A・ヘットナーの『地理学の歴史・本質・方法』(1927)が原理的考察の一般地理学(アルゲマイネゲオグラフィ)と個性記述の地誌学(レンダークンデ)を対照した方法論とはやや異なるが、地誌学に地理学研究の主体性を主張したところは共通である。
系統地理学は自然地理学と人文地理学に二大別され、それぞれは深く研究が進み、細分化されている。自然地理学を大別すると、気候学、地形学、水文(すいもん)学、海洋学、生物地理学になる。ヨーロッパにおいては、F・リヒトホーフェン(ベルリン大学)、A・ペンク(同)、E・ド・マルトンヌ(パリ大学)をはじめ、地形学者が地理学の優れた指導者でもあった。地形発達のモデル(輪廻(りんね)説)をたてたW・M・デービス(アメリカ)の影響も大きかった。気候学はW・ケッペンやC・W・ソーンスウェートCharles W. Thornthwaite(1899―1963)の気候区分の研究が知られている。農業に関係の深い気候や気候災害などは多くの応用的研究を生んでいる。
人文地理学は、経済地理学、政治地理学、都市地理学、人口地理学、言語地理学、社会地理学など多くの分野をもっている。経済地理学はさらに、農業、林業、水産業、工業、商業、交通に細分される。
歴史地理学は、以上の諸分野と交差する研究領域を占める。その一つは古地理の研究であり、先史時代から近世の各期に分かれ、それらの研究には古地図、伝承、有形文化などのほか、自然史にわたる分野では、14Cによる年代測定、花粉分析、珪藻(けいそう)分析、地層層序などが利用される。歴史地理学の他の分野は、現在に至る歴史的過程の説明である。地名の研究は歴史地理学の一部として理解することができる。自然、集落、行政市町村、土地利用などの分布と変化が比較考察される。
地理学は、領海・国境などの国際問題、国際理解、人口問題、都市問題、国土計画、環境保全、災害防止、市場調査などに応用される。応用地理学は、土地利用調査のD・スタンプ(ロンドン大学)、応用地形学のJ・L・F・トリカールJean Léon François Tricart(1920―2003、ストラスブール大学)などによって大きな発展をみた。
地理学には三つの特色がある。最初の特色は場所の強調である。地理学は地表の自然および人文現象の場所、つまり空間的差異を問題にし、場所を正確に示すために地図学を確立し、さらに独特の空間的パターンをもたらす要因を追求してきた。第二の特色は人間と土地の関係の強調である。これは、特定の地域の自然環境と、そこに居住して土地の改変を行ってきた人間の関係を分析する。この分析においては、空間的差異よりも地域における現象間の関係の解明が重視される。もう一つの特色は、最初の特色と2番目の特色を統合した地域分析である。ここでは、まず、地表のある部分、つまり地域が設定され、そこでの内部的形態と生態学的関係が追求され、そして外部との関係も分析される。
[木内信藏・菅野峰明]
古代の地理学は惑星としての地球の形状と運行を説明する宇宙誌(コスモグラフィア)を含み、のちに自然および人間の地域的研究を主とするようになった。すでに紀元前4世紀のころから、ギリシア人は地球が球体であることを知っていたが、その大きさを測定して高い精度の値を出したのは、エラトステネス(前275ごろ―前194ごろ)であった。彼はエクメネoikmene(可住地)の限界やクリマータklimata(気候帯)についても記していた。
古代ローマ時代にはストラボンが17巻の地理書を書き(後20)、プトレマイオスは気候帯を入れた最初の世界地図を作成した。中国では裴秀(はいしゅう)(224―271)が「禹貢図(うこうず)」(250ごろ)を描き、日本では7~8世紀に風土記(ふどき)、国郡図がつくられた。地球説は中世ヨーロッパでは宗教的理由によって禁圧されたが、かわってノルマン、アラビア人が地理の知識を充実させた。マルコ・ポーロの東方旅行が東西の橋渡しをつとめたのは13世紀末であった。コロンブスの航海(15世紀末)に続く多くの探検は世界の地図を新しくし、メルカトル図法が利用されるなど、地理学の進歩を促した。B・ワレニウスが『一般地理学』を著したのは1650年であった。
三角測量に基づく地形図の作成は、17世紀末フランスにおいて始まった。探検は18世紀も盛んであったが、その目的はクックの太平洋、ビーグル号によるダーウィンの世界周航など科学的調査を志していた。
近代地理学は18~19世紀に2人のドイツ人によって開かれた。1人はA・フォン・フンボルトで自然地理学を、他はK・リッターで人文地理学の基礎を築いた。彼らの前には「自然地理学」を講義したI・カントが出て、進化論のダーウィンや『法の精神』のモンテスキューなどが新しい精神を吹き込んでいた。
19世紀にはピアリー、アムンゼンなどが極地探検を競った。地理学を支援し、その普及を図るために、地理学協会がパリ、ロンドン、ベルリン、ペテルブルグなどに設立され、また国際地理学連合が第1回大会を1871年アントワープ(アントウェルペン)において開いた。地理学が地域研究(コロロギー)の方向に大きく傾斜したのは、中国研究のリヒトホーフェンからであった。
1930年代に、アメリカのR・ハートショーンはドイツのA・ヘットナーの地理学理論を援用して、地理学の本質は地域的差異の解明であるとした。しかし、1950年代にF・K・シェーファーFred K. Schaefer(1904―1953)はこの伝統的な地理学を批判して、地理学も一般法則を追求する法則定立的科学を指向すべきであるとした。シェーファーの指向した方向を、経済学の理論や統計学の手法を導入することによって達成しようとする動きが始まり、計量的手法が多く用いられるようになった。これが「計量革命」であり、その過程で、J・H・チューネン、W・クリスタラーWalter Christaller(1893―1969)、A・ウェーバーなどの空間的理論の再評価が行われ、地理学の理論として重視された。また、ハーベイDavid Harvey(1935― )は『地理学における説明』(1969)において計量革命の背景となる論理実証主義を説明した。
しかし、1970年代になると、論理実証主義的研究方法は、空間を形成する人間を軽視しているという理由で批判され、地理学者の関心は人間の知覚・空間認知や意志決定・行動に移っていった。その一方で、マルクス主義を背景とするラディカル地理学や場所と風景の意味を問う人文主義地理学もおこった。1980年代になると都市社会地理学はイギリスを中心にして、A・ギデンズAnthony Giddens(1938― )らによる構造化理論の影響を受けて社会学・社会理論に急接近する。また、公共サービス施設の効率的な配置や地域開発計画などを考える応用部門の発達もみられるようになった。この応用分野は地理情報システム(GIS)の利用によっていっそう盛んになり、都市計画、地域計画、土地利用計画、環境アセスメントなどで地理学的研究が貢献している。
[木内信藏・菅野峰明]
鎖国の狭い窓を通して海外の事情を知り、国内の平和に助けられて、江戸時代には多くの地理書、国絵図、町図などが刊行された。『会津風土記(ふどき)』(1666)、『新編武蔵(むさし)国風土記稿』(1828)などである。世界については、西川如見(じょけん)『華夷(かい)通商考』(1695)、新井白石(あらいはくせき)『采覧異言(さいらんいげん)』(1713)などが著された。世界地図は、石川流宣(りゅうせん)、桂川甫周(かつらがわほしゅう)、高橋景保(かげやす)が描き、日本図は長久保赤水(ながくぼせきすい)『改正日本輿地(よち)路程全図』(1779)から、伊能忠敬(いのうただたか)の実測に基づく『大日本沿海輿地全図』(1821)へと進み、近代地図につながった。北辺の国防に関する探検と著述は、林子平(しへい)、近藤守重(もりしげ)(通称重蔵(じゅうぞう))、間宮林蔵によって行われ、世界の知識は、青地林宗(りんそう)、箕作阮甫(みつくりげんぽ)らによってもたらされた。
明治に入り、新しい国づくりの基礎として、地理・地図の事業がおこされた。明治政府は工部省に測量司を置いて三角測量を始め(1871)、地形図、地籍図、地籍台帳を整えた。地形図作成は陸地測量部(1884、現在の国土地理院)に移され、地質調査所(1872)、兵部省海軍部水路局(1871。現在の海上保安庁海洋情報部)がそれぞれ地質図、海図をつくり、今日では精密な国土および海洋の情報を提供している。戸口については壬申(じんしん)戸籍(1872)がつくられたが、国勢調査は1920年(大正9)から始まった。内務省地理局が計画した『皇国地誌』が未完に終わったことは残念である。
国民教育のためには師範学校を設けて地理教員を養成し、教科書の編集が行われた。民間では、福沢諭吉、内田正雄(1838―1876)、矢津昌永(1863―1922)、牧口常三郎が地理書を著し、志賀重昂(しげたか)の『日本風景論』(1894)、内村鑑三の『地人論』(初版の書名は『地理学考』1894年刊)が広く読まれた。指導者層によって創設された東京地学協会(1879)は、イギリスの王立地理学会の先例に倣い、北極海を越えて来日したノルデンシェルドや中央アジア探検のヘディンを迎えるなど国際交流に努めてきた。
地理学の専門的研究は小藤文次郎(ぶんじろう)(東京大学)、E・ナウマン(地質調査所)などの地質学者のなかから始まった。吉田東伍(とうご)の『大日本地名辞書』(1907)、山崎直方(なおまさ)・佐藤伝蔵(1870―1928)の『大日本地誌』(1903~1915)も寄与した。地理学講座が京都帝国大学に置かれたのは1907年(明治40)で、小川琢治(たくじ)、石橋五郎(1877―1946)が担当し、歴史地理、人文地理研究に優れた貢献をなし、小牧実繁(さねしげ)(1898―1990)、織田武雄(1907―2006)以下現在に及んでいる。東京帝国大学では1911年に地理講座が設けられ、1919年には地理学科として独立した。山崎直方が創設し、辻村(つじむら)太郎が継ぎ、地形学を中心に広く地理学にわたり、多田文男(ふみお)(1900―1978)以下現在に及んでいる。筑波(つくば)大学はその前身、東京高等師範学校のときから多くの教員を送り、今日では地球科学系としてわが国最大の研究室をもっている。東北大学、東京都立大学(2005年より首都大学東京)、名古屋大学、広島大学など、地理学研究者は、文・理・経済・教養・教育学部などさまざまな学部に分かれて活躍している。私立大学は国公立に比肩する研究者をもっている。全国的な学会としては、日本地理学会(会員数約3000人)、人文地理学会、東北地理学会、地理科学学会、経済地理学会などがある。地理教育の重要性から多くの教員が高校・中学におり、また多数の地理学者が国土地理院、海上保安庁海洋情報部、気象庁をはじめ、官公庁および民間調査機関において活躍している。
[木内信藏・菅野峰明]
欧米の「計量革命」はほぼ10年遅れて日本の地理学に影響を及ぼすことになった。コンピュータの発達によって大量のデータ処理が可能になり、日本でも計量的手法を用いた研究が多く行われるようになった。統計資料の入手可能な都市地理や工業地理、商業地理の研究が増加し、村落地理や農業地理の研究が減少した。1970年代後半には欧米から行動主義地理学、人文主義地理学、時間地理学、都市社会地理学が紹介され、日本での研究も行われている。これらの新しい研究方法は、これまでの研究方法を完全に否定するものではなく、既存の研究と平行して研究が蓄積されることになった。日本では地理情報システム(GIS)の利用が1990年代になってから盛んになり、地図の重ね合わせやネットワーク分析によって現象の空間的分析が容易に行われるようになった。地理情報システムは、データベースを用いると、地図の作成・表示が簡単に行えるので、企業のマーケティングや地方自治体の都市計画・まちづくりなどに活用されている。
第二次世界大戦以前の日本の自然地理学研究は山地研究が中心であったが、戦後は沖積平野の地形発達史や海水準変動・気候変動・地殻変動のかかわりを学際的にとらえようとする傾向になった。大気汚染、酸性雨、地下水・河川・海洋の水質汚染、都市の温暖化など古くから指摘されてきた問題に加え、地球温暖化、オゾン層問題、砂漠化、熱帯林の減少などのグローバルな問題も研究対象にするようになってきた。
[菅野峰明]
『人文地理学会編『地理学文献目録1~3』(1953~1963・柳原書店)』▽『人文地理学会編『地理学文献目録4~8』(1968~1989・大明堂)』▽『人文地理学会文献目録編集委員会編『地理学文献目録9~12』(1993~2009・古今書院)』▽『ハーツホーン著、野村正七訳『地理学方法論――地理学の性格』(1957・朝倉書店)』▽『経済地理学会編『経済地理学の成果と課題1~6』(1967~2003・大明堂)』▽『ベルンハルドゥス・ヴァレニウス著、宮内芳明訳『日本伝聞記』(1975・大明堂)』▽『ディヴィッド・ハーヴェイ著、松本正美訳『地理学基礎論――地理学における説明』(1979・古今書院)』▽『大槻徳治編著『志賀重昂と田中啓爾――日本地理学の先達』(1992・西田書店)』▽『西川治編『総観地理学講座1 地理学概論』(1996・朝倉書店)』▽『中村和郎編『地理学「知」の冒険』(1997・古今書院)』▽『日本大学地理学教室編『地理学の見方・考え方――地理学の可能性をさぐる』(1998・古今書院)』▽『福原正弘著『身近な地理学』新訂版(1999・古今書院)』▽『久武哲也著『文化地理学の系譜』(2000・地人書房)』▽『岡田俊裕著『日本地理学史論――個人史的研究』(2000・古今書院)』▽『高阪宏行・村山祐司編『GIS――地理学への貢献』(2001・古今書院)』▽『アルフレート・ヘットナー著、平川一臣・守田優・竹内常行・磯崎優訳『地理学――歴史・本質・方法』(2001・古今書院)』▽『竹内啓一・杉浦芳夫著『20世紀の地理学者』(2001・古今書院)』▽『馬瀬良雄監修・佐藤亮一・小林隆・大西拓一郎編『方言地理学の課題』(2002・明治書院)』▽『岡田俊裕著『地理学史――人物と論争』(2002・古今書院)』▽『日本地理学会政治地理学研究・作業グループ著、高木彰彦編『日本の政治地理学』(2002・古今書院)』▽『水岡不二雄著『経済・社会の地理学――グローバルに、ローカルに、考えそして行動しよう』(2002・有斐閣)』▽『キャロル・A・ジョンストン著、小山修平・橘淳治訳『GISの応用――地域系・生物系環境科学へのアプローチ』(2003・森北出版)』▽『高橋伸夫編『21世紀の人文地理学展望』(2003・古今書院)』▽『阿部和俊著『20世紀の日本の都市地理学』(2003・古今書院)』▽『今井清一著『人文地理学概論 上巻』改訂増補版(2003・晃洋書房)』▽『源昌久著『近代日本における地理学の一潮流』(2003・学文社)』▽『エドワード・W・ソジャ著、加藤政洋・西部均・水内俊雄・長尾謙吉・大城直樹訳『ポストモダン地理学――批判的社会理論における空間の位相』(2003・青土社)』▽『朴恵淑・野中健一著『環境地理学の視座――「自然と人間」関係学をめざして』(2003・昭和堂)』▽『浮田典良編『最新地理学用語辞典』改訂版(2004・原書房)』▽『中藤康俊編著『現代の地理学』(2004・原書房)』▽『石井実・井出策夫・北村嘉行著『写真・工業地理学入門』(2004・原書房)』▽『林上著『都市経済地理学』(2004・原書房)』▽『高橋伸夫・内田和子・岡本耕平・佐藤哲夫編『現代地理学入門――身近な地域から世界まで』(2005・古今書院)』▽『野尻亘・古田昇著『世界市民の地理学』(2006・晃洋書房)』▽『浮田典良著『地理学入門――マルティ・スケール・ジオグラフィ』改訂版(2010・原書房)』▽『大室幹雄著『志賀重昂「日本風景論」精読』(岩波現代文庫)』
土地空間を人間環境系として研究する学問。地球の表層世界は,さまざまな性状の土地空間からなり,大陸と海洋,山地・丘陵,平野,森林・草原・砂漠,耕地と牧野,農村と都市というように,場所から場所へと移り変わる多種多様な地人模様,あるいは景観が展開している。地理学は,そうした地域的差異の実態を把握し,その成因と変化の過程を解明して,人類が地球空間によりよく適応して繁栄するための基礎知識を提供する学問である。言い換えれば,地理学は土地空間を人間の生活舞台として研究する学問であり,地球科学,空間科学,環境科学といった学際的科学群に属する。
地理学の研究対象は,岩石圏をはじめ,水,大気,生物,人文の5圏にまたがる高次元の土地空間すなわち地理的複合体である。土地空間の自然基盤は,自然諸作用の因果関係によって形成された地域的秩序,識別可能な地域的配列組織を呈するので,一定の手続きをふんで自然地域に区分することができる。人間は,みずからの行動・生活原理・社会的関係に左右されながら,多様な自然地域環境に適応し,土地の占有をめぐる競争や住分けを行い,さまざまな流儀で多かれ少なかれ自然環境とその表現である自然景観を改変しながら,地域を分化させ,多彩な人文地域を形成し,文化景観を繰り広げている。発展成長しつつある社会ほど,そこにおける人文地域は動的・可変的であり,諸地域は相互に関連しあう開放的な空間システムとして認識される。地理学は,このような地域概念に基づいて土地空間の地域分化を研究するので,地域学(コロロギーchorology)とも呼ばれる。
したがって,新カント学派の科学分類における自然科学か文化科学(あるいは精神科学,歴史科学)かといった二分法で地理学を位置づけることには無理がある。
地理学の研究視点は,自然・人文諸事象を個別系統的に,もっぱら分析的に考察する一般の専門諸科学とは根本的に異なり,むしろ諸事象の空間的配列関係におかれる。生物社会を中心とする地生態系geoecosystem,水陸にまたがる自然地域,人間の社会活動によって組織された村落・都市・工業地域系,あるいは人文地域生態系とか社会経済地域システムといった地理学的・複合関係から終始離れることは許されない。
地理学はこのような見方によって,地域を構成している自然・人文的諸要素・事象の内的機能構造,および因果関係を明らかにして地域性を理解し,さらに諸地域間の機能的関連性を探究する科学である。したがってどちらかといえば個性記述的性格は強いが,ある程度までは計量的分析法なり地域科学的方法の適用によって証明可能な法則定立的側面もある。
このように地理学の対象は複雑かつ多方面にわたるから,研究上の分業が不可欠であり,現に多くの部門が発達している。ふつう地理学は,系統地理学systematic geographyまたは一般地理学general geographyと,地域地理学regional geographyまたは地誌学,特殊地理学specific geographyとに大別される。
系統地理学は,自然地理学と人文地理学とに分けられる。系統地理学では,空間複合体の中から,たとえば地形,人口,農業,交通,都市などの要素または事象を抽象して分析するので,一国,大陸,世界全体にわたる分布形態,分布の粗密を図示したり,分類や比較研究を行いやすい。また他の要素・事象との関係をフィールドワークによって見つけ出し,成因とか因果関係の究明へと進むことができる。あるいは,互いに異なる要素・事象の分布図,等値線図,密度図,分類図などを重ね合わせることによって,両者の場所的相関,ひいては因果関係を推察する手がかりが得られる。このような系統地理学の研究成果は,地域地理学にとっては研究対象として適切な地域を設定するのに利用される。
一方,地誌学は,特定の地域について諸要素・事象の機能的結合や因果関係を,主として現地調査に基づき,系統地理学的研究成果を活用しながら探求し,さらに互いに類似する,あるいは対照的な地域群の比較考察によって,それぞれの特性を鮮明にするのである。地誌学は,対象地域の選び方によって,制度的に設定された政治・行政区域に即して記述する行政地域誌,国土誌学または邦域誌学Landeskunde(ドイツ語。複数の国々についてはLänderkunde),形態・構造的にまとまった実質的な地域に即した景域地理学Landschaftsgeographie(ドイツ語),あるいは地方誌chorography,山岳誌orography,海洋誌oceanographyなどが成り立つ。
地域地理学には分業上次の研究分野が区別される。(1)景観形態学 地形,植生,土地利用,農地の形状,集落の形態,道路網などの形態学的研究。(2)地域生態学 地域内諸要素の機能的・因果的関係,集落を中心にした人文生態系の研究。(3)地域変遷学 居住,土地利用,交通などの変化,占居推移,景観変遷の研究。(4)地域組織学 対象地域内の細分地域の群系,配列構造の研究。(5)地域類型学 諸地域の比較研究による対象地域の類型的位置づけ。(6)地域動態学 地域間のフロー,機能関係,さまざまなネットワークの研究。
最近では地理学の研究にも計量地理学的手法ないし地域科学的分析法が適宜導入され,地理学に飛躍的な発展の道を開いてきた。たとえば,形態学的研究には,地形図,土地利用図などの主題図のほかに,空中写真,リモートセンシングに基づく画像,地域要素・事象のメッシュデータ化による相関的分析法などが有効に活用されている。また,地域生態学には主成分分析法や因子生態学などが応用され,地域動態学的研究には,諸種の力学モデルや数理経済学的モデルなどが使用されている。このような新しい地域分析手法の開発ないし応用の仕方をめぐって,方法論上の地理学部門として,計量地理学が発達してきた。これは,従来主として地図製作のための測地学とか測量法,地図投影法,地図解析法などを扱ってきた数理地理学mathematical geographyとは別系統のものである。
地理学は,数学と天文学とならんで最も早くから成立した学問である。古代ギリシアにおいてはすでに地球の計測が行われ,気候帯や環境論の原型なども現れた。古代中国においても,《易経》に天文と地理の観察の意義が説かれている。中世にはイスラム世界において,プトレマイオスやアリストテレスなどの古典地理学や環境論が継承され,商業活動に必要な実用的地誌類や,イブン・ハルドゥーンの《歴史哲学》のような地理学的にも優れた書物が現れた。これらの遺産はヨーロッパにおける世界的視圏の成立とその後における地理学の発展にも大きな影響を与えた。
近代地理学の芽生えは,B.ワレニウスの著作《一般地理学》(1650)に認められ,比較部門を含む地理学体系の輪郭が示された。18世紀の後半には,I.カントの《自然地理学講義録》(1802。リンク版)において,地理学は具体的な空間学であり,経験的世界認識の基礎学であると規定された。このほか,ビュアシュP.Buache(1700-73)やガッテラーJ.C.Gatterer(1727-99)による自然地理的地域区分の提唱,ビュシングA.F.Büsching(1724-93)の世界地誌,J.G.vonヘルダーの歴史哲学的著書などは,それぞれ近代地理学の成立に影響を与えた。
19世紀の前半は,A.vonフンボルトとK.リッターによって代表される近代地理学の草創期である。フンボルトは,熱帯アメリカにおいて科学的な野外調査の模範を示し,自然現象の専門的観測調査の成果を総合して,生きた自然世界の全体像を把握しようと努め,ライフワーク《コスモス》を著した。本書とそのもとになった膨大な著作は,生態学的地理学,植物地理学のみならず,地球諸科学の発展にさまざまな面で貢献したのである。一方,フンボルトの友人リッターは,19巻にのぼる大著《自然と人間の歴史とに関する地理学,あるいは自然的および歴史的諸科学の研究と教育のいっそう確実な基礎としての一般比較地理学》(1822-59)によって人文地理学の祖と呼ばれるようになっている。
19世紀の中ごろから20世紀にかけては,各国に地理学協会や,諸大学に地理学教室が次々に設置され,地理学の発展期が訪れた。ベルリン大学のF.vonリヒトホーフェンはコロロギー学派を育てたし,ライプチヒ大学のF.ラッツェルは,初めて体系的な人文地理学と政治地理学の書物を著して環境論の科学化に貢献,フランスのビダル・ド・ラ・ブラーシュ,イギリスのH.J.マッキンダー,アメリカ合衆国のE.C.センプル,E.ハンティントンらの地理学者に影響を与えた。
その後,地理学はますます専門分化しながら発達するが,地理学の本質と方法,ラントシャフト(景観,景域)や地域,環境など地理学の基本的概念に関する論議も盛んになった。A.ヘットナーはそうした諸説を批判的に整理して,1927年には地理学本質論の古典といわれる《地理学--その歴史,本質,および方法》を著して,地理学は諸事象の空間的因果関係を中核とするコロロギーであると論証した。
それから12年後に,R.ハーツホーンは,アメリカ地理学者協会の機関誌に《地理学の本質》という大論稿を発表し,基本的にはヘットナーの見解を追認したが,59年には《地理学の本質に関する展望》によって,その論旨を補足し明解にしたのである。
しかし50年代には計量革命の導入に伴い,それを支持する地理学者の中から,従来の地理学観や方法論に対する科学哲学的な批判が加えられ,地理学を理論的・予測的科学として構築しようという運動が活発になった。その口火を切ったのはシェーファーF.K.Schaefer(1904-53)の論文《地理学における例外主義--その方法論的吟味》(1953)であり,バートンI.Burton(1935- )の論文《計量革命と理論地理学》(1963)は新地理学成立の宣言であった。さらにハーベーD.Harvey(1935- )の著書《地理学における説明》(1969)は新時代における地理学本質論の代表として,ハーツホーンと対照されるにいたった。このような伝統的地理学と新地理学との間にはパラダイム(科学的規範)の変化も認められる。すなわち,前者における規範としては,地域調査法,地人相関的環境論,リージョナリズム(地域主義,地域区分)があげられる。後者においては,チューネン圏,中心地理論,グラビティモデルなどの空間科学ないし地域科学的パラダイム,それに加えて知覚環境論的・行動科学的,およびラディカル・構造主義的パラダイムが重視されている。
最近の動向としては,数学的・力学的モデルの誤用や計量主義による人間疎外などのマイナス面に対する反省が強まる中で,地理思想史への関心が高まり,地域的不平等の是正や,福祉厚生を志向する,より人間主義的な地理学研究がなされつつある。
執筆者:西川 治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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