京都扶持衆(読み)きょうとふちしゅう

改訂新版 世界大百科事典 「京都扶持衆」の意味・わかりやすい解説

京都扶持衆 (きょうとふちしゅう)

上杉禅秀の乱以後,関東・奥羽の親幕府,反鎌倉府的な国人層をいう。1416年(応永23)より翌年1月まで続いた禅秀の乱は幕府の支援をえた鎌倉公方持氏が鎌倉を奪回することによって終息したが,その後持氏は禅秀与党の討伐を始めた。この過程で必ずしも禅秀に加担しなかった親幕府,反鎌倉府的な東国諸氏をも攻め,東国における幕府勢力を一掃しようとした。このため政治的矛盾が激化し,幕府は親幕府的な国人層を支援し,組織化しはじめた。扶持衆は幕府と密接に結びつきながら鎌倉府の動きを牽制したり,幕府に注進したりして,自己の安全をはかろうとした。京都扶持衆は幕府と鎌倉府の対立が激化したときに生まれたものであり,永享の乱(1438)以後は消滅した。扶持衆としてとくに有名な諸氏は,宇都宮佐竹(山入),常陸大掾小栗,真壁那須,白河結城らである。
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