今沢村(読み)いまざわむら

日本歴史地名大系 「今沢村」の解説

今沢村
いまざわむら

[現在地名]沼津市今沢・北今沢きたいまざわ

松長まつなが村の西続きにあり、西ははら宿のうちの大塚おおつか町に続いていた。南は海(駿河湾)に面し、村内を横断する東海道(往還長東西五町五〇間)の往還沿いはほとんど家並が続いていた(宿村大概帳)。天正一二年(一五八四)一一月一五日の芝田宗玄等連署状(祥雲寺文書)に「今沢之郷正運庵寺領」とみえ、芝田宗玄以下連署した五人が二俵余の年貢を納めることを正雲庵に約束している。正雲庵は現在の臨済宗妙心寺派祥雲しよううん寺のこと。なお天文六年(一五三七)の第一次河東一乱の際、興国寺こうこくじ城に近い当地で合戦が行われ、今川氏重臣の松井宗信が多くの親類与力・被官を討死させ、自身も重傷を負うほどの軍忠を働いたとされる(永禄三年一二月二日「今川氏真判物写」土佐国蠧簡集残篇)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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