仏教寺村(読み)ぶつきようじむら

日本歴史地名大系 「仏教寺村」の解説

仏教寺村
ぶつきようじむら

[現在地名]久米南町仏教寺

東をのぞく三方下二しもにヶ村に囲まれ、中世には弓削ゆげ庄に含まれた(永享五年仏教寺鐘鼓銘)正保郷帳・天保郷帳では下二ヶ村の内。元禄一〇年(一六九七)の美作国郷村帳に仏教寺村とあり、高八四石余とある。これは村名の由来となった仏教寺の寺領とみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む