仏護寺跡(読み)ぶつごじあと

日本歴史地名大系 「仏護寺跡」の解説

仏護寺跡
ぶつごじあと

[現在地名]安佐南区祇園町北下安

中(なか)区寺(てら)町にある浄土真宗本願寺派本願寺広島別院の前身仏護寺の旧地。慶長一四年(一六〇九)までこの地にあった。同寺が竜原山を称するのも、北下安(きたしもやす)字竜原(たつはら)での草創にちなむ。

長禄(一四五七―六〇)頃甲斐の人正信が仏護庵を営み、天台念仏を修行、一時期銀山(かなやま)城主武田義信に招かれ、城中にあったが、その後安芸郡中山(なかやま)村(現東区)へ退いた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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