北下安村(読み)きたしもやすむら

日本歴史地名大系 「北下安村」の解説

北下安村
きたしもやすむら

[現在地名]安佐南区祇園ぎおん町北下安

武田たけだ山の東南麓に位置し、北は大町おおまち村・中須なかす村、東は中筋古市なかすじふるいち村と西原にしはら村、西と南は南下安みなみしもやす村に接する。東南でわずかにやす川が西原村との境を南流する。雲石路が南下安村から当村へ入り、安川西岸沿いを北上中筋古市村へ出る。武田山東麓に弥生後期の日吉神社ひよしじんじや貝塚があり、カキハマグリ壺形土器・高坏形土器などが出土した。南下安村とともに「和名抄」の佐伯郡伊福いおき郷に比定される。平安末期にはこの辺りに厳島神社荘園の倉敷地が設定され、中世はおおむね厳島社領として推移した。

天文二年(一五三三)一〇月一九日付の下安村内仏護寺打渡坪付案(「知新集」所収)に田五町一段六〇歩、分米一八石六斗が記される。また同一〇年六月二五日の大内氏奉行人連署奉書(厳島野坂文書)大内義隆は下安村へ勧請した官幣社の棚守職に房顕を補任している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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