日本歴史地名大系 「北下安村」の解説
北下安村
きたしもやすむら
[現在地名]安佐南区祇園 町北下安
天文二年(一五三三)一〇月一九日付の下安村内仏護寺打渡坪付案(「知新集」所収)に田五町一段六〇歩、分米一八石六斗が記される。また同一〇年六月二五日の大内氏奉行人連署奉書(厳島野坂文書)で大内義隆は下安村へ勧請した官幣社の棚守職に房顕を補任している。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
天文二年(一五三三)一〇月一九日付の下安村内仏護寺打渡坪付案(「知新集」所収)に田五町一段六〇歩、分米一八石六斗が記される。また同一〇年六月二五日の大内氏奉行人連署奉書(厳島野坂文書)で大内義隆は下安村へ勧請した官幣社の棚守職に房顕を補任している。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新
8/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新