仙台藩陣屋跡(読み)せんだいはんじんやあと

日本歴史地名大系 「仙台藩陣屋跡」の解説

仙台藩陣屋跡
せんだいはんじんやあと

[現在地名]八日市市上羽田町

正保年間(一六四四―四八)近江国内の陸奥仙台藩領管理のために、南方(みなみかた)に置かれた陣屋跡。現在は宅地や畑地になっている。享保八年(一七二三)御蔵立替報告図(端家蔵)によると、縦三〇間余・横七〇間余の敷地は矢来で囲まれ、陣屋のほか兵具蔵・焔硝蔵・囲穀蔵・門番宅・大庄屋会所などが描かれている。

近江における仙台藩伊達氏領は、慶長六年(一六〇一)徳川家康より蒲生(がもう)郡内五千石が在京賄料として伊達政宗に与えられたことに始まる。この五千石は、東破塚(ひがしこぼちづか)・西破塚、今堀(いまぼり)の一部、蛇溝(へびみぞ)・小今在家(こいまざいけ)・中野(なかの)・今在家・金屋(かなや)・上羽田(かみはねだ)(以上現八日市市)、内野(うちの)(現蒲生郡安土町)、友定(ともさだ)(現近江八幡市)の一一ヵ村であった(同年「伊達氏領地知行目録」伊達家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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