伊与地川村(読み)いよじがわむら

日本歴史地名大系 「伊与地川村」の解説

伊与地川村
いよじがわむら

[現在地名]野村町富野川(とみのかわ)

富野川流域の山村。東は高瀬(たかせ)村に接し、北・西・南は五〇〇―六〇〇メートルの山に囲まれる。宇和島藩領。伊予路川村(墅截、宇和旧記)とも書く。天保郷帳は「伊与地川村」と書くが、明和二年(一七六五)冨野川村と改称したという。慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の宇和郡の項には「伊予地河村 柴山有、茅山有」と記される。

太閤検地の石高は四八四石八升、耕地面積の比率は田六六パーセント、畑三四パーセントであったが、寛文検地には石高が約一・五倍に増加し、田二三パーセント、畑七七パーセントの比率に変化している。「墅截」による村柄は「上」、耕地は田が「上ノ中」、畑が「上」、水掛りは「吉」である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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