伊和保新田(読み)いわほしんでん

日本歴史地名大系 「伊和保新田」の解説

伊和保新田
いわほしんでん

[現在地名]宇佐市岩保新田いわほしんでん

松崎まつさき村・佐々礼さざれ村の北方地先、寄藻よりも川河口西側の周防灘を埋立て成立した新田。巌保・岩保とも記し、また「いわお」ともいう。日田の郡代塩谷正義による見立新田の一で、引請人は四日市よつかいち村の加登屋幸六、さらに日田の広瀬久兵衛法鏡寺ほうきようじ村の勘左衛門、温見ぬくみ(現院内町)の寿平、下麻生しもあそう村の三蔵、田所たどころ(現院内町)の三左衛門・要右衛門、斎藤さいとう(現同上)の儀右衛門が助力した。天保七年(一八三六)の伊和保新開凡取調帳(広瀬家文書)などによると、文政一〇年(一八二七)から堤防工事に掛かり、同一三年に二千六〇間の堤防を一とおり仕上げている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む