コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

伊奈忠順 いな ただのぶ

2件 の用語解説(伊奈忠順の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

伊奈忠順 いな-ただのぶ

?-1712 江戸時代前期-中期の武士。
幕臣。稲葉正篤の養子となるが,元禄(げんろく)10年実兄忠篤の死で伊奈家をつぎ,関東郡代となる。11年江戸深川の永代橋架橋,13年深川築地普請などを手がける。宝永4年富士山の大噴火後,被災地復旧につくした。正徳(しょうとく)2年2月29日死去。初名は忠高。通称は半左衛門

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

伊奈忠順

没年:正徳2.2.29(1712.4.4)
生年:生年不詳
江戸中期の関東郡代。通称半左衛門。伊奈忠常の次男。はじめ旗本稲葉正篤の養子となったが,実兄忠篤の死により元禄10(1697)年伊奈家を継ぐ。利根川,荒川の治水や流域の開発に努める一方,同11年には江戸深川の永代橋の架橋,次いで深川築地普請の完成,本所堤防の修築など,江戸の拡張工事を推進した。宝永4(1707)年富士山大噴火後,駿河国(静岡県)駿東郡,相模国(神奈川県)足柄上・下郡の旧小田原藩領の一部を当分支配し,被災地の復旧工事を行ったが,郡代在職14年2カ月,事業半ばで没した。一説には窮民救済のため無断で米蔵を開放したため罷免されたという伝承もある。明治末年になって建てられた静岡県駿東郡小山町吉久保(1867)と須走(1907)に伊奈神社があり,忠順が祭られている。<参考文献>渡辺誠道『伊奈半左衛門忠順公贈位欽仰録』,本間清利『関東郡代』

(村上直)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

伊奈忠順の関連キーワード伊奈忠治関東郡代土芳伊奈忠宥伊奈忠克伊奈忠尊伊奈忠政伊奈忠逵小島正重後藤林乗

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone