日本歴史地名大系 「伊藤次郎左衛門宅跡」の解説 伊藤次郎左衛門宅跡いとうじろうざえもんたくあと 愛知県:名古屋市中区茶屋町伊藤次郎左衛門宅跡[現在地名]中区丸の内二丁目名古屋商人の首座三家衆を形成した同家の遠祖は信長の臣伊藤蘭丸祐広。子祐道は慶長一六年(一六一一)清須(きよす)から名古屋の本(ほん)町に移住して呉服太物業を開業し、伊藤屋といった(尾藩雑纂)。その子祐基から次郎左衛門を名乗る。万治二年(一六五九)茶屋(ちやや)町に移り呉服太物問屋となった(府城志)。やがて小売に転向し、「現金売り掛け値なし」の商法を採用するなど、時勢に即した営業方針が当たり、みるみる産をなした。元文五年(一七四〇)八代藩主宗勝から呉服所を命じられ、これまで呉服所を独占した茶屋の反感を買った(尾州茶屋日記)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報