休石村(読み)やすみしむら

日本歴史地名大系 「休石村」の解説

休石村
やすみしむら

[現在地名]柵原町休石

吉井川左岸の柵原村から東へ、和気(わけ)谷筋の藤田上(ふじたかみ)村に通じる道筋の山間に立地。東は惣田(そうだ)村。正保郷帳に村名がみえ、田四一石余・畑五一石。元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳では改出高一四石余・開高一石余、村位は下。「東作誌」によれば毛付高九五石余、家数一九、男四〇・女二八。溜池は家の脇(いえのわき)と金堀(かなぼり)の二ヵ所。津山藩森氏断絶後は幕府領、寛延元年(一七四八)播磨三日月藩預、天明七年(一七八七)下総佐倉藩領、寛政六年(一七九四)播磨龍野藩預、明治元年(一八六八)鶴田藩領(美作国郷村支配記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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